米国に飲み込まれている日本は…

米国に飲み込まれている日本は…

以前から政府に対して思うこと。

日本らしさの行動が、とれていない。

敗戦国、被爆国の日本として世界に向かって発信できることが、たくさんあるように思っている。

国際社会での政治力学など良く理解できていないが、イラン制裁への加担表明、自衛隊の海外派遣、米軍基地のこと…

政策を強要される日本は、米国に飲み込まれてしまっている。

米国の戦略は軍事だけでは無い。

穀物戦略の中に日本人の胃袋も組み込まれてしまっている。

ハンバーガーで肉文化の餌食に。

日本文化と古来からの精神構造は、米国に飲み込まれてはならないことと思うが、くやしいかな、日常生活の中に多くの行事、やり方(システム)が入りこんできている。

米文化を地産地消で、農産物をこのエリアで消費しながら、独自の地方経済のしくみをつくりながら、世界のリード役を果たすような頼もしい国家になって欲しい。

小麦文化を全面否定するつもりは無いが、米文化が置き去りにされつつあるように思われてなならない。

政治の中では、国民が置き去りにされる。

そのようなことばかり、起きているように思われる。

【国家のことを考えている】と表明する議員のニュースも流れるが、実感として伝わってこない。

国会議員が、地元のことばかりに奔走しなければならないような政治文化をつくってきた国民にも責任が。

金と組織の中でもがく政治家、いや政治屋が………

音楽と楽しき話題に満たされた北国の温室空間が、この投稿で本日店じまい!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

違いを感じることができるか

違いを感じることができるか?

音楽に接する時、譜面に記されていない部分をどのように汲み取るか、意識することができるかが大切なポイントになる。

教えてもらわないと自分は読み取ることなどできない。

文章で行間を読むということならば、多少できるが。

音符読みは、自分の中に感性の調理具を持ち合わせていない。

感性は、人それぞれに違うもの。

「譜面通りに」、といってもいろいろな表現があるものだ。

指導者の感性違いによって、同じ曲が全く違って聞こえることになる。

1音は大事にしなければならないのだが、全体のバランスを考えて表現しなければ崩れるし、合唱でも個人の発声能力が高い場合、全体を壊しやすい。

皆で音づくりを行う場合、声のバランス、音のバランスがとても大切なこと。

全体の中で自分のボリュームを抑えなければならない。

又、単純に声を合わせるだけでは、聴く人に伝わらない。

個々のフレーズのイメージと音間表情を、どのように扱うか?

僅かなことへの、こだわりが無いとうまく仕上がらない。

そのこだわりがわかるかどうか、自分には……となる。

高みに向かうためには、まとまっての練習が必要となる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

除雪疲れがきっかけで休筆が続いてしまった

除雪疲れがきっかけで休筆が続いてしまった。

日曜の除雪は、体力からしてかなりハードであった。

月曜に疲れを持ち越したのである。

この体力でスキー1日券分を滑ったら、体が分解してしまうだろう。

1,2本の滑走で十分になるような状態。

疲労感で思考も停滞し、休筆とした。

その後、入手した昨年の合唱祭録音を聴くことに時間を費やしていた。

他の合唱団の演奏を聴くことだけでも疲れるものである。

自分の好みと違う曲は、特に疲れる。

併せて、第九の練習も日課になってきている。

今回はバスパートとしたので、あらためて音取りからの練習となっている。

英語の音読は、車通勤の時だけになってしまった。

いろいろ多過ぎ、限りある時間なので絞らなければ、と思うのであるが…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪の重みに春近しを感じた

雪の重みに春近しを感じた。

昨晩からの降雪が約20cm、朝早くから除雪を行った。

立春間近かなので、雪も重くなってきた。

今日は1時間半を要し、握力も限界。

上腕筋、三角筋、僧帽筋まわりも疲労感に包まれた。

しかし、向こう隣の奥さんから”いつも丁寧にありがとうございます。”との感謝の言葉を頂戴し、疲れも飛んだ。

いつも買い物に通る道なので、通行時に感じる思いであると思う。

降雪があった日は、出勤前の早朝、道路幅いっぱいの雪を取り除いている。

車はそれほど問題無いもの、歩く人が歩きやすいような除雪が必要なのである。

道路端は固まり、それも傾いた面になりやすい。

今日は、合唱コンサートがある。

大人が音楽、楽器に親しみ練習し、1年に1回の発表を行っている。

その場で我々も毎年披露しているのであるが、合唱を聴いて、そのひとときの心地よさを味わってもらえたら幸せである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

でたらめな電力会社・政府の偽原発コスト試算を暴くのが、マスメディアの役割ではないか!

でたらめな電力会社・政府の偽原発コスト試算を暴くのが、マスメディアの役割ではないか!

電気料金制度の見直しが行われるという。

料金算出の根拠となるコストが適正に積算されているかどうかを政府が定期的に説明するとのニュースが流れた。

電力会社の隠蔽体質(東電、関電、九電)を垣間見た自分は、体質の問題、あらゆるものが疑念材料に思われてならない。

特に原発のことが、頭から離れない。

うまくいかず停止状態の高速増殖炉”もんじゅ”のトラブル報告のことも、ニュースで流れた。

燃料棒の交換ができない”もんじゅ”をこのままの状態で維持していくのか?

維持のために毎年莫大なお金がつぎこまれている。

そんなこと、私は望まない。

プルトニウムという危険物質と向き合う必要は全く無いと考える。

”常陽”はどうなったのかな?

六ヶ所の再処理工場をどうするのか?

抽出されたプルトニウムと他の低レベル廃棄物をどうするのか?

原発は、後の世代にどんでもない処理遺物を残している。

国策として推進してきた原発は、国民をだまして推進してきたように思われてならない。

燃料の抽出、核廃棄物の処理と保管にどれだけのコストがかかるのか?

保管年数を聞いて、誰が本当に責任を持って管理するのか?疑問になる。

当事者は、いなくなり後生の人間が危険と隣り合わせで保管していく。

技術として未完成、欠陥だらけで問題を多々発生させ隠してきたのではないか?

地方に仕事が無いことをいいことに、お金で心を買ったようなもの。

地方の人の仕事場が確保され、財政が潤うことになるのは事実。

これだけの危険を、スリーマイル、チェルノブエリで身近に認識できなかった自分がいる。

安全なら都会に隣接して、短距離送電で電力を賄うがいいにきまっている。

なぜ地方に設置なのか?

危険と隣り合わせだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

偏向的なマスコミによって作られる世論が怖い

偏向的なマスコミによって作られる世論が怖い。

偏向的な報道、何とかならないものか?

番組の中で過激な発言が求められるという。

それに嫌気がさして、以後TVに出演しないという人もいる。

又、ドラマが人気者で構成されている。

”高視聴率を得るために”が最優先になっている。

SMAPを起用すれば高視聴率

スポーツ番組は人気者を中心に報道、中継する。

優勝しても紙面の紹介は小さい、TVに至っては名前すら報道しない。

人気者の結果報道で終わり。

こんな調子であるから、他も似たり寄ったりと思わざるを得ない。

今の世論が自分の思いと一致しているわけではないし、マスメディアによって作られつつある庶民の声が世の中を動かす力になるとしたら?

TV、新聞の力が大きいだけに怖い。

事実がねじまげられていないか、隠しているというか、隠れた真実が本当に伝わっているのか、注視しなければならない。

マスメディア本来の役目を見直してもらいたいと思うし、中にはその心意気の人が沢山いるはずである。

「あらたにす」に紹介されていた文言を載せる。

水木楊さん(作家、元日本経済新聞論説主幹)の記事である。

【テレビでは、こんな論理を長々と繰り広げることはできません。政治討論会ですら、各党のスポークスマンは、テーマについて賛否を表したあと、せいぜい一つか二つの理由を述べるくらいです。それも別の人間の発言で途中から往々にして書き消えてしまう。ですから、論理よりも、できるだけ視聴者をひきつけるような、派手な言葉を放つことに執心する。

誰かが長く話をしようとすると、司会者はあからさまに嫌な顔をして、途中で終わらせますし、その発言者は次から呼ばれない。一度、テレビ討論に参加したことがありますが、ディレクターに言われたことは、「何でも結構です。出来るだけ毒のあることを言ってください」でした。以来、嫌気がさして、テレビに出ないことは、我が家の家憲になりました。】

震災以降、特に注視しなければならないのは、原発のこと。

住み家を奪われた人は、これからどうなるのだろう。

環境汚染は、どうなるのだろう。

いろいろな報道があるが、頭の中は疑問だらけになっている。

ネット上で知る内容と、これからの処理対策のこと、時間軸のこと、考えただけで頭は迷走する。

原子力を安全、低コストと言う人の気がしれない。

関連業界の回し者だろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

いつものように陽が昇り、陽が沈んでいく

いつものように陽が昇り、陽が沈んでいく。

のではあるのだが。

震災以降、日常生活と災害を結びつけて考えることが多くなった。

阪神大震災の時は、映像で知るだけの悲惨な世界であった。

自分に結びついて初めてその悲惨さを実感したのである。

何気ない日常の中に幸せ感があるのであるが、それを見逃して生活している。

病気にならないと、健康のありがたさがわからないように。

ある意味不感症状態、感じない無頓着な生活を続けてきたように思う。

白い紙に今日という日を綴る。

【秋のあじさい】のフレーズは脳裏に刻まれている。

これから…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

北上市の行政担当に物申す…

北上市の行政担当に物申す…

毎年、冬になると文句を言いたくなる。

除雪のこと。

道路の除雪、【道路中央の雪を払いのければ良い】という方針・行動がまかり通っている。

中にはきめ細かい配慮で除雪してくれる人がいるのであるが、極めて稀。

我が家の玄関先道路は、雪が降る度こまめに西端から東端先20m位を道幅いっぱいきれいに除雪している。

1回の除雪でも小1時間かかる。

出勤前、早起きして行う。

歩く人、車の走行も全く問題無い状態にしてあるのだ。

今日は寒かったけど、降雪など無し。

全く問題無い状態にあるのに、除雪車がきた。

圧雪凍結部を削り取って、道路の両端に山盛り状態で置いていった。

そんなこと、望んでいない。

融けても全く問題無い状態にあるのに、削った山を家の前に積み上げた。

帰宅してから、重い雪塊・氷塊を運搬すること40分。

毎年このようなことが行われる。

市は委託している業者の問題としてしまうのかもしれない。

頻繁な除雪など期待しないから、行う時は住民に配慮した内容を望む。

やっつけ仕事の感覚が蔓延している。

山形等の除雪を見習ってほしいものだ。

以前、妻が電話をしたことあるが、全く変わらないから今はしない。

どこまで市民の声が届いているのか、全くわからない。

それが行政の実態だろう!

素晴らしい除雪があった時は、賞賛の電話も行ったことがある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

音でつくる空間が一番かな

音でつくる空間が一番かな。

映像を必要とすることもあると思うのだが。

昨晩は、昨年のコンサートの映写会が行われた。

お手製のスクリーンに映し出される自分は、恥ずかしくもある。

映像に映える人は、自信を持って表に出すべき。

自分の登場は、音の世界だけで十分と考えている。

又、合唱祭のCD録音を手にしたのであるが、家で何度も何度も聞くことになった。

データとしてパソコンに取り込み、WALKMANで持ち歩きできるようにした。

車の中で聞くにはMDに落とす必要があるのだが、空きMDが無く次回に。

練習の成果が録音記録として残ったのであるが、本来作り上げた音楽は、その場で消えゆくもの。

その場に居合わせた人の中に残るかどうか、試される。

音とはそういうもの。

録音記録でどこまでその場の雰囲気を再現できるか?

オーディオの技術を総動員して、それなりの臨場感を再生することができても録音技術が問われる。

我らの歌声で朝のひとときを味わったのであるが、以後、部屋の掃除/道路と庭通路の除、/階段の氷くだき/台所ガスレンジ掃除等家のことで体力を消費した。

自分の体は除雪に向いていない状態にある。

腰との闘いは、改善するのか?

音以上のテーマになりつつある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大桟橋から見る横浜ベイブリッジでプレイバック

大桟橋から見る横浜ベイブリッジでプレイバック

今の大桟橋に行くのは初めてのこと。

Ca390250 Ca390253 ベイブリッジはケーブル製作用の装置づくりに関わったこともあり、思い出深い橋である。

みなとみらい駅近くで、日本丸にでくわした。

Ca390256 日本丸を近くで見るのは1982年(昭和57年)10月末以来である。

当時は長女が未だ1才の時、この地・横浜で見たのである。

その時上空にはヘリコプターが飛び、登檣礼儀式が行われていた。

随分昔にプレイバックとなった

| | コメント (0) | トラックバック (0)

空気に触れることで味が変わることを実感した

空気に触れることで味が変わることを実感した。

高価なワインを購入することは無い。

今回とりあげたワインは、妻のお友だちからの頂き物である。

いつも白ワインを頂戴していたのだが、我が家は赤ワイン派。

妻がわがままを言って頂いた代物である。

開栓しての印象は、我が家に合わない味と思った。

時間経過後に飲むと全く違う印象となった。

コクが出たような感じ、我が家に合う味となったのである。

妻も同様のコメント。

今回の味わいの変化は、今まで経験したことのない出来事である。

P1094970 開栓して飲むワインはシャトー・ダルマイヤック2007である。

P1094972 知識としては聞いたことはある。

注いだグラスの中で空気に触れることにより味が変わるというのであるが、我が家はグラスの中での変化でなく壜の中に放置されての変化である。

この変化を文章で表現することは、難しいな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

NHKラジオビタミンで【しあわせ運べるように】を知った

NHKレジオビタミンで【しあわせ運べるように】を知った。

ゲストは西灘小学校の音楽の先生「臼井真」さんでした。

転任した先の学校の校歌を演歌風に歌う先生…とてもユニークな発想、プラス思考で頭が回転している先生ですね。

音楽の感動を、皆と作る世界の楽しさを子供たちに伝えることを実践している具体的内容は、興味深いものであり、素晴らしい先生と思います。

自分の音楽体験と比較してしまうのであるが、このような先生に学校時に出会っていたら…そのような投書も紹介されていた。

番組の中で紹介されたタイトルの歌を、恥ずかしながら初めて知りました。

YouTubeでコメント記事を読みながら聞いたのであるが、泣けてしまった。

川嶋あいさん、神戸の明親小学校、港島小学校の子供たちの歌声は、詩を歌声で表現していた。

音楽で伝えられる輝くものが息づいている。

地域の中で、皆の心に元気を届けることができると思う。

広めたいものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012成人の日に思う

2012成人の日に思う。

舵取り役不在のような日本丸をこれから担っていく若者が、成人の日を迎えた。

方向性が見えていないから不安の中に埋もれている。

自分たちの経済成長時代とは大きく違う世界経済混乱の中で育ってきた世代である。

昨年の震災・津波で家族、友人を失った東北の新成人が、昨日の式典で復興に向けた誓いを述べていた。

原発被災者は、地元に戻ることさえ許されていない。

”向き合って、これからの復興、地域の基本づくりに関わっていきたい。”という前向きな発言を聞いてうれしく思った。

自分が成人を迎えた時、式典のお呼び出しも何もなかったが、社会生活に対する思いなど何も考えていなかった。

政治含めて、何も見えていなかった。

成人の日に思う自分の願いは…【日本丸を牽引する若い政治家が登場して欲しい。】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

体を動かすと…

体を動かすと…

出勤すると毎日入念なストレッチと屈伸運動他を行う。

呼吸を整える意味で深呼吸も行う。

肺の空気を全て絞り出すように吐き出し、肺の戻る力に任せて吸い込む。

目一杯吸い込むのでなく、吐き出しを主とした呼吸が良い。

合唱でも感じるのであるが、歌うと何かが抜ける。

間違いなく呼吸法が関係している。

朝の心地よさを味わうことが、自分の中の第1歩。

残念ながら、起床からお出かけまでに時間の余裕が無い。

特に雪かきの季節になると、30分近い時間が奪われる。

ドカ雪になると1時間に至る。

ストレッチは体の硬直化防止、屈伸他は筋力維持の目的である。

爪先立ち効果で、ふくらはぎの筋肉もそれなりに維持できている。

自宅で行うは腕立て伏せと軽めの腹筋運動。

年齢とともに筋肉他が硬直し、以前できていたことができなくなる。

人は動物、動くことをやめたらヤバイ状態に陥る。

入院してベット生活を行うと実感することができる。

その状態になってみないと、わからないのが人の性である。

あらためて、継続することを今年の課題にする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年の思い

2012年の思い

いつもと同じように、【見るスポーツ・駅伝】に新年早々の時間を使った。

昨年末からの次女との時間は、【三陸訪問】【花札】【楽しき会話】で過ごすことができた。

新たな年・これからの時間を、社会生活の中でどのように演出していくかが毎年のテーマ。

自分の中では、政治・経済の話題に希望が持てない時代になってしまっている。

自分の問題でなく、国・政治家・投機家・ずるがしこい連中の問題と思っている。

欧州の経済が、米国の経済が、アジアの経済が日本に関わっているのはわかっているが、ギリシャ国内の公務員が国を食いつぶしている実情を知って、力が抜けた。

又、その危機が日本にも影響してくることが、やるせない驚きであった。

日本の借金まみれは、国家財政の破綻に向かって歩み続けているから似たり寄ったりのことかもしれないが。

消費税を上げても体質改善ができるわけではないのだが、政府は身銭を切るような改革でなく特効薬を選んだ。

希望の持てる政治になるには……政治家を選挙で選ぶことになるのだが?

疑問符だらけになってしまう。

自分が今年の課題とすることは、

[英語の音読]

[ピアノと合唱で音楽を]

新たな出会いのために、日常生活の中で美しいものを味わうために、つくりだすために、情熱を注ぐ。

仕事時間の中からどれだけの自分時間を作り出せるか?課題でもある。

昨年同様、新たな道へのワクワク感はある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東洋大学優勝から一夜明けて

東洋大学優勝から一夜明けて

箱根駅伝をTV観戦することで自分も元気をもらう。

昨日の復路も往路同様圧倒されたのであるが、各校の選手たちもそれなりの練習をしてきたはず。

過去の個人記録だけでレースが構成されるわけではないし、実力のある人がその本領を発揮できないことも多々あるのである。

何が人を動かすのか。

大いなる疑問である。

7区の設楽悠太くんが区間新記録の走りをすることなど、予想だにしなかったのではないのかな。

新記録など出そうと思っても出せるものでは無い。

2区の村沢明伸くんが、抜かれてしまうことも信じられなかった。

記録を出すには練習量での裏づけも必要だが、体調のこと以外に精神的なことが重要と思う。

練習しすぎで体を壊してしまうこともある。

慎重に取り組んでもらいたいものである。

箱根を目指す多くの若者の今後の活躍に期待する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

NHK・N響第九の昨年末放映録画を妻と鑑賞した

NHK・N響第九の昨年末放映録画を妻と鑑賞した。

恒例の第九放映は録画してあった。

昨日次女が帰ったので妻との二人生活になった。

穏やかな陽射しの中、居間は温室状態になっている。

箱根を走る若者に元気を貰ったのであるが、見るスポーツ状態なので自分の体は膠着して疲れている。

大好きな音楽空間は、ワクワク感を生み出し疲れを解放してくれる。

又、今回の合唱は国立音大の3年生が出演していることもあり、以前から楽しみにしていた。

福井敬さんのテノールを久しぶりに聴いたこと、合唱指導の永井宏先生もステージ最後に登場したこと等親しみ度が大きくなった。

第九を味わってから、人さがしが始まった。

ソプラノパートを歌う彼女を見つけるにも話がはずむ。

自分たちなりに見つけたのであるが、その正否確認は、次回の合唱練習日まで待つことになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012箱根駅伝に埋没した

2012箱根駅伝に埋没した。

朝7時から、TVに向かって箱根駅伝を観ていた。

昨年2位となった東洋大学が、くやしさをバネにどのようなレースを見せるか?楽しみとしていた。

東洋だけでなく、予選会から勝ち上がったチームの走り含めて若者の情熱が伝わってくる駅伝である。

個人レースにはない駅伝の面白さがある。

東洋は伊勢路で駒沢に届かず、調整の不安を感じていたのであるが、そんな不安を吹き飛ばす快勝となった。

期待された通りに力を発揮する落ち着いたレース運びが、すごかった。

期待されても、記録を塗り替えるように体が動くとは限らない。

肉体も限界に近いレベルで走っているなかで、往路新記録で優勝。

期待の柏原くんも有言実行の区間新記録で走り抜けた。

TV画面から伝わってくるものがある。

早稲田と明治の競い合いも激しいものがあった。

くやしさとうれしさを混ぜた、多くのドラマを見ることができた。

東洋大学があまりに強かったので、明日の復路の楽しみが半減したかもしれないな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

謹賀新年・2012年の新たな出発

謹賀新年・2012年の新たな出発

P1014963 昨年に続き、妻のおせちを載せる。

なかなかの出来栄えである。

【今年1年が佳き年でありますように。】

皆が新たな思いをもって、それぞれの道に励む。

元日のニューイヤー駅伝を楽しむことが、近年の恒例になっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年初の投稿が1400本目となった

2012年初の投稿が1400本目となった。

2007/3/2次女からのニューヨーク便りに始まったブログであるが、足掛け6年目に突入したことになる。

継続しない自分の性格からして、ここまで続くとは思ってもみなかったこと。

なぜ、続いているのか。

心の中に燃え続けるものがあるのだろう。

その熱き思いは…コラム欄に対する憧れにあったかも。

新年・今日から変わることとして…

【天声人語】が【編集手帳】になる。

我が家にとって画期的というか、自分の白い紙に太く記される出来事である。

吉田秀和さんも登場しなくなった。

4コマ漫画も三太郎が消えて久しいし、現在は漫画に目が向かない。

他紙の中で編集手帳に惹かれていたことが決め手か。

とは言うものの紙面とTV、球界を結ぶ舞台が好きになれない自分がいる。

報道内容をこれから見極めていくことが、大きな課題である。

その風土が醸し出す雰囲気に馴染めるか。

新たな年に、思いを記していくことになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

年越し蕎麦を打ち終えた

年越し蕎麦を打ち終えた。

今年最後の行事となる蕎麦打ちを、無事終えた。

Pc314949 12年前に始めた蕎麦打ちであるが、震災と中国出張のこともあり今年初となった。

いつも食す時に、初心者状態のスプーンで食べた蕎麦が話題になる。

今回の蕎麦は、姉が知人から頂戴した【北川のそば粉】である。

横浜/保土ヶ谷帷子町にある北川製粉所の粉である。

打ち粉は宮崎/高千穂町の奈須精米所のそば粉を使った。

Pc314955 写真の見た目は、打ち粉が顔になってしまっているかな。

北川製は2番粉のようであった。

そば打ちで今年をしめくくることができ、満ち足りたニコニコ顔となった。

そして我が家は、いつも「天ざる」で食す。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

NHKラジオビタミンを聞きながら大掃除

NHKラジオビタミンを聞きながら大掃除

今年最後の大掃除を行っている。

妻はおせち料理に励んでいる。

村上信夫アナと神埼ゆう子さんのおしゃべり、投稿の話題が心地良く聞こえたが、本年最後の放送も終了した。

昨日とは打って変わって今日は快晴、屋外での窓拭きも暖かい。

家の掃除をしながら思うは、被災者のこと。

家財を、家を失い仮設住宅の寒さの中で暮らしている。

この災害を日本国民が、世界の人々が応援する気持ちになっていることはうれしいこと。

うまく現地の人に届くしくみづくりに奮闘している人、ボランティア活動で支えている人がいる。

【絆】という表現に代表される心のあり方を実践している人が、たくさんいるのである。

姪は、東京から何度となくボランティアで岩手を訪れた。

その行動力の基は、心だと思う。

又、今年ほど、【言葉の力】を実感した年は無いのではないか。

不甲斐なさを感じたのは、政治家の言葉。

人の心は、言葉次第で動き、変わり、傷つく。

ラジオビタミンに届いた投稿に元気をもらった。

これから、餅つき、蕎麦打ちと進んでいく。

来年が、良き1年となりますように!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

次女が帰ってきた

次女が帰ってきた。

年に会う日は数えるほどしか無い。

が、それなりに通じるものがあると思っている。

夕食に「ひまちゃん」を連れてきた。

我が家にすっぽりと入り込んだ子である。

多くの話題をふりまいて帰った。

双子の「ぐっくといーえ」もやってきた。

気心が知れていることもあり、心地よい会話と笑いが家に響く。

これらが、わが子からの【年末プレゼント】だ。

大晦日だ。

そば打ちを行うのが恒例になっている。

いざ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年末からのの投稿数は195回であった

2010年末からのの投稿数は195回であった。

今日が仕事納め、年末を感じる時となった。

年とともに業務のやり方、生活の仕方を変えていかねばならないと思っている。

又、老化に伴う記憶力の低下との闘いがある。

多くの資料、データに押しつぶされないように検索ツールで防備しているが、まだまだ不十分。

欠落した迷路に入って、時間を食いつぶしてしまうことが多々ある。

ブログ投稿も、今まで何を記してきたか、全て記憶に留まっていることなどありえない。

忘れていることだらけである。

ブログ記事も昨年末に1200本を数えた。

今年は長期出張のこともあり低調な投稿数であったものの、その時の思いを、出来事を記してきた。

自分の中に深いテーマは、無い。

その時の気分に流され、政治に心を乱され、音楽に励まされながら妻との生活を、思いを記している。

長続きしない自分であるが、そこそこ続いているのは?

何かしら?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

英語の音読を続けている

英語の音読を続けている。

あらためての学習スタート、何回スタートして挫折したことか。

今回の教材は、中学校の教科書レベル。

国弘正雄さんの【只管朗読】に則っている。

自分の中に話すための回路をつくる練習は、繰り返しが必須。

とはいうものの回数多く繰り返すことは、退屈さも伴う

回数を繰り返すと速く発音できるようになることは、すぐに実感できる。

慣れるとそれらしい発音にも近くなる。

理解する脳と発音する脳の活躍場所が違うらしい。

脳の老化とのたたかいでもある。

ひたすら声に出している。

スタートして約2ケ月が過ぎた。

どうなることやら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

年賀状と我が家の十大ニュースが話題の中心に

年賀状と我が家の十大ニュースが話題の中心に

一昨日賀状を書き終え、昨日投函した。

相手を想い今年のくくりとこれからに向けての一言を記すことも、毎年の楽しみになっている。

我が家の賀状を楽しみに待っていてくれる人もいる。

この賀状、妻との共同作業で作成している、というかしてきた。

プリントゴッコからパソコンに移ってからプリント作業は自分の役目になってしまっている。

妻はパソコン印刷の詳細を知らない。

昨日は、ネット上の情報を自分でプリントしようとし、なかなかプリントにならないので何度も「印刷」コマンドをクリックを続けたものだからカラーのムダ紙をたくさん作ってしまった。

途中で解除したからよかったが、最後までいったら大変なことに。

又、我が家の十大ニュースは自分なりに列挙、妻の納得を取り付けるまでになった。

今年の大震災は、津波は、原発は、生活そのものを見直すことになった。

妻との離れ離れの生活も一年の半分近くになった。

多くの思いが詰まったニュースがあふれている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

平原綾香さん検索で知った他の【1万人の第九】

平原綾香さん検索で知った他の【1万人の第九】

ブロクを検索して辿りついた記事を、下記に載せる。

放送とは違った会場の人から伝わる感動がある。

http://blog.goo.ne.jp/nikidasu/e/62c118966a78be44b725efd8a9fc7870

| | コメント (0) | トラックバック (0)

民主党の政権公約とは?

民主党の政権公約とは?

先日、八ッ場ダムのことを記事にしたが、党の掲げた公約に惹かれて投票した人が多数いる。

家族手当、高速道無料化、財源確保策

八ッ場は、公共事業のムダの象徴のようにとりあげられていたのではないかな?

「コンクリートから人へ」という発想で財源を確保するはずであった。

政策の個々詳細を理解しているわけではないが、一環した政治になっていないと思う。

党の理念を理解し、執行する政府という面が無かったら、わからない。

国会の議論も中途半端、仕分けの執行は?

パフォーマンスだったの??????

しばらく見守ってみようという気持ちであったが、うなってしまう。

民主党に、以前の自民党との違いを期待していたのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【10000人の第九】を観て、心のスイッチon

【10000人の第九】を観て、心のスイッチon

大阪と仙台を結んで行われたコンサートの特集(MBS)を観た。

この時まで全く知らなかった番組なので、クリスマスプレゼントをもらったような気分になった。

それにしても佐渡裕さんの音楽に対する姿勢と市井の中に入りこんで音楽の感動を伝える行動、パワーはすごいし素晴らしい。

釜石の被災者から手紙をもらい、多忙な時間を割いて応じる行動力に拍手です。

平原綾香さんが佐渡裕さん指揮のオーケストラをバックに歌う【ジュピター】は、この曲の集大成のように感じられた。

この10000人第九が27年間開催されていたとは、全く知りませんでした。

あのホールに響き渡る音楽は、参加者の心の中に永遠に刻まれたことでしょう。

和合亮一さんの詩【高台に】の朗読が、わすれられない。

G線上のアリアが流れる中、和合亮一さんの朗読が三陸町から中継された。

役場職員の女性が、避難を必死に呼びかける。

”高台へ””高台へ”自分のことを忘れて呼びかけた。

呼びかけ、呼びかけ続けて波の中に消えてしまった。

涙をこらえた佐渡さんの姿が、忘れられない。

朗読の和合さんの姿と声も、忘れられない。

自分の中で、心のスイッチがON状態になった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

八ッ場ダムの建設再開が決まったというニュースを聞く

八ッ場ダムの建設再開が決まったというニュースを聞く。

民主党政権としてマニフェストに掲げた建設中止が実現しない、というか野田政権によって破られたと。

又、国交大臣が地元に謝罪に出かけたという。

政権と党のバラバラ走行は何なのか?

政治家の行動は疑問符だらけである。

どんなことを考えているか、わからない。

政治の話題になると怒りを通り越した諦めに陥る。

もう、これでおしまい。

考えるのがいやになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

音楽が生活の中に

音楽が生活の中に

11月末のコバケンさんたちから大いに影響を受けた。

音楽に対する姿勢は、自分たちが忘れていた世界を照らしてくれたのである。

日常生活の中で、何を大事にして過ごすか?

自分にとってとても大きなテーマである。

妻との生活空間の中に、どのように描くか。

二人の生活に通ずるものがあるも、自分の思いと流れを押し付けるわけにもいかない。

連弾の練習についても、合わせるまでの考え方が異なる。

自分の考えで音楽空間を作ったら、拒否反応が出るだろうな。

これからの時間と空間を、日常的に演出しなければ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第九を歌うことに

第九を歌うことに。

第九といえば、ベートーヴェンである。

来年の演奏会に参加する申し込みを行った。

前回歌ったのは1991年、20年経っている。

それもテノールである。

今回はバスパートを歌うことにした。

練習時間の確保も危うい状態になるのでは?との思いで、今回は見送ろうかと思ったが、音楽に親しんでいる我らが参加しないことは、自分の中で消化不良、悔いを残すことになるとの思いで申し込んだ。

練習についていけるか、心配でもある。

音楽の楽しさが苦しさにならねば良いのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

キム・ジョンイル総書記の死を妻からのメールで知る

キム・ジョンイル総書記の死を妻からのメールで知る。

本日昼に妻からメールが届いた。

キム総書記の死を伝えるものであったが、一つの時代の終結を思った。

わけのわからない国が、国家の運営権利を世襲で委譲している。

ジョンウン氏で、北朝鮮の組織を牛耳ることができるのだろうか?

未だ20代の若者が、見得を切るように暴発することは無いのだろうか。

政治的手腕と経済問題がからみ、軍部と核に頼った外交がこれからの世界を変えてしまうこともある。

これからしばらくの間、目を離すことができない。

国交、拉致他わが国の外交は、どうなるのか?

実情が見えない、わかりにくい国だけに、情報の読み解きが大仕事になってくる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

合唱祭(岩手芸術祭)の講評が届いた

合唱祭(岩手芸術祭)の講評が届いた。

今日は我が合唱団の忘年会が行われた。

先週の合唱講評を聞かないで中国の出張に飛び立ったのであるが、一昨日帰国して妻に聞くは批評のこと。

「何か情報はなかったか?」

情報網の広報係りの妻ではあるが「何もなかった」という。

今日の忘年会で先生から情報を得られるので、期待して参加した。

冒頭に内容の話があった。

自分たちの歌声が先生方の耳に心地よく響いていたことが、講評の中に書かれていてとてもうれしく思った。

「好きな演奏」というコメントもあった。

又、被災地宮古のアンサンブル・ガリーナの方々から心温まる一言メッセージを頂き、皆恐縮するとともに少しでも歌の思いが伝わったことを全員が喜んだ。

こんな合唱団が周りから評価されることは初めてのこと。

皆と一緒に過ごした時間と空間が自分の心の豊かさであると思うし、先生の指導の中に音楽の楽しさを見出した自分は幸せ者であると思っている。

こんなに多くの仲間を音楽を語り、楽しき時間を過ごせることに感謝。

被災地に暮らす人々のことを思うと、自分のあり方をあらためて問い直してしまう。

ハーモニーの魅力に引き込まれた人たちとの語らい、【楽しいよ!】

閉会後、先生の車から流れた自分たちの歌声(録音CD)は、聴く人に伝わるものを感じた。

こんな世界を体験させていただき感謝です。

午前様になってしまいましたが、帰宅後、思わずキーボードに向って発信となった

| | コメント (0) | トラックバック (0)

腰痛に耐えて中国から帰国した

腰痛に耐えて中国から帰国した。

虹橋の待合室でなぜか腰痛に陥った。

8/20から治まっていた腰痛が復活してしまったのだ。

原因は、わからない。

虹橋-羽田間の飛行時間が、食事どころではない苦痛の時間となった。

一緒に帰国した他の2名とも話しをする間もなく、一人新幹線に向かった。

新幹線が発車しても、腰のおさまり具合をさがすべく、肘掛に手をつっぱりながら悪戦苦闘の時間が過ぎた。

宇都宮でやっと上腕筋の持久戦から開放されることになった。

その体制を維持して宮城、福島、岩手まで進行、一関近くまでトイレ行きを我慢していた。

我慢の限界になりトイレに立ったが、腰の違和感が解消していた。

重苦しい鈍痛が消え、元の状態になっていた。

なぜかわからない。

ともかく慎重に、慎重に行動して自宅にたどり着いた。

楽しき職場の忘年会から帰宅して、今の投稿となった。

ひとそれぞれに、大震災に見舞われた今年の思いが詰まっている。

自分なりの思いで、白いページに自分のことを記していく。

太く、細く、ときにはふるえながら。

白い一日を大切に過ごすことが、生活の基本になると思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

合唱祭(岩手芸術祭)に参加して

合唱祭(岩手芸術祭)に参加して

県合唱連盟主催の行事に参加するのは、初めてのこと。

被災地・宮古からの参加もあった。

仲間が亡くなったり、歌うことを取り戻すまでに多くの時間を要したと思う。

練習場所の確保にも不自由しているという。

「歌いたい」という思いが、参加という形で伝わり会場からも熱い拍手が続いた。

最後の「ふるさと」合唱で涙する人が、ステージから見えた。

今回の単純な思い…練習し、自分なりに満足して歌えたことが、幸せ。

音楽を通してこのような時間、空間を味わうことができることが、「日常性の豊かさ」であると思う。

いろいろな合唱団がある。

拒否反応を示す曲もあった。

専門家では無いが、合唱団の目指している方向性も垣間見た。

自分との係りで、自分の中に印象をメモした。

今回のステージでは、男声の数が意外と多いことに驚いた。

合唱の楽しみが、もっと市民の中に(周りに)拡がることを願うのであるが…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

政治家は、政治でなく何をする人たちなのかな

政治家は、政治でなく何をする人たちなのかな?

このような疑問が、なぜか生まれる。

そのように思う人が多いのではないかしら

言葉を使う人たちであることは間違いない。

言葉で人に語りかけることが多いと思うのだが、自分だけの論理で他をたぶらかすのか。

言葉を発し、あとで取り消すことが頻繁に起きる。

頭のいい人たちと思うのだが、言語中枢と思考回路に障害が多いのだろう。

国会も閉会へ。

懸案が先延ばしになるだけ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

テレ朝【報道ステーション】に涙

テレ朝【報道ステーション】に涙

今晩の特集に涙した。

【千の風になったあなたへ贈る手紙】をとりあげていた。

家族とは、人としてあるべき姿が見えた。

家族崩壊、殺人など氷りつくような報道が多い時代になってしまったが、「違う」と叫びたい。

そのような思いを伝えてくれた。

西村拓人さんのコーナーに偶然出会って、涙した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

インターネットの接続が回復した!!!

インターネットの接続が回復した!!!。

今日は全て1回のアクセスが成功した。

本記事も最初のログインで書き込みしている。

回復した理由は、わからない。

不思議だな。

わからないけど、とにかく一安心した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

インターネットが使い物にならない!!

インターネットが使い物にならない!!

原因がわからない。

何度も接続をトライ、たまにつながる。

記事を書いても公開時に切れる。

記事も消える。

何度も書く。

とても疲れる。

ブログ記事も中断が続いている。

来週、中国に出かけるので、更に中断が続く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

インターネット接続が不安定に…

インターネット接続が不安定に…

先日から異常な状態になっている。

接続の確率が1/10位になっている。

うまくつながり記事を書いて投稿するも、接続断で消滅してしまう。

何度か繰り返すが疲れる。

何が原因か、自分にはわからない。

夕刻に追記しているのだが、使い物にならない!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブログを続けると…

ブログを続けると…

予期せぬ出会いもあるものだ。

続けるためには、習慣化が必要となる。

毎日のことなので、自分なりの強い意思も必要となる。

記事を書くことで自分の頭が整理されてくる。

とらえ方で自分が見えることに。

少なくとも、自分時間の中からブログを優先して文章を書くのである。

日常生活は多くのことが組み込まれている。

受動と能動をどのようにバランスさせるか、自分の問題になることが多いのだが、周囲条件で揺れ動くこともある。

明日に向かって!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アヴェ・ヴェルム・コルプスを歌う

アヴェ・ヴェルム・コルプスを歌う。

12月の合唱祭に皆で歌う曲の練習をしている。

この旋律が心をとらえる。

なぜか引き込まれる。

発音と意味がいまいち。

自分だけでは消化できない。

ゴルフにたとえると、素振りでなく空振りになってしまう。

いろいろな助けを借りて仕上っていくもの。

このような曲に出会えたことが、ワクワク。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

冬篭り準備第2弾の日曜日

冬篭り準備第2弾の日曜日

11月末の当地としては、穏やかな日曜日となった。

午前中の洗濯、部屋掃除を終え、妻とウォーキングに。

久しぶりである。

コースは近くの運動公園1周コース、約5kmである。

紅葉も終わり、落ち葉を踏みしめる感触は今だけの味わい。

青空と白雲、ラグビー大会が開催されており、若者の走りとタックルを傍に感じながら歩いた。

帰宅後、道路沿いの落ち葉掃除と草とりを行った。

師走がすぐそこに迫っている

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【コバケンとその仲間たちオーケストラ】がやってきた

【コバケンとその仲間たちオーケストラ】がやってきた。

妻が昨日チケットを購入したのだ。

急遽、午前中に通院と散髪を済ませて、ワクワクしながら出かけてきた。

皆で作り上げた演奏はとても心に響くものであった。

1812年序曲は圧巻であった。

自分はこの曲を良く知らなかったが、作り上げた演奏、伝わってくるものがあった。

終盤での友野龍士さん和太鼓も、大砲のようにしっかり響いた。

事前の説明が無かったら、見逃していたかもしれないな。

コバケンさんの話では、演奏者も会場からのエネルギー(テレパシー)を感じて増幅されているとのこと。

又、障害を持つ人がオーケストラに加わっていることが紹介された。

ボランティアでのコンサートとのことであるが、KIRINの協賛だけでなく文化庁等の援助があって良い活動と思う。

三陸の被災した地域と地元・北上の高校生が参加。

若者たちとオーケストラがつくりあげた演奏も、最高であった。

モーツァルトのレクエイムを、コバケンさんのピアノリードで合唱団が1フレーズを歌ったのであるが、鳥肌が立った。

レコード、CDと全く違う世界が見えた。

合唱指導は、酒井敦先生が三陸の高校を個々に訪ねて指導したという。

被災地の子が音楽に向かう姿は、声援したくなるとともに、自分たちの励みにもなる。

南相馬の子供たちと木下航志くんの演奏もあったのだが、子供たちが”ふるさと”を歌った。

あの子たちのふるさとは、避難地域になっているはず。

子供たちを思うと思考が止まってしまう。

池田理代子さんのソプラノを味わうとともに、彼女が小中高と音楽に接していたことを初めて知った。

今日のコンサート空間と時間は、自分の中に鮮やかに記録された。

妻と一緒の帰り途も、コンサートの余韻で満たされていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

冬篭りの準備で多忙な勤労感謝の日であった

冬篭りの準備で多忙な勤労感謝の日であった。

昨日のこと。

朝は曇天であったが、暖かい始まりであった。

庭木の伐採からスタート、昨年大伐採を行ったしだれ桜も今年小枝が沢山成長した。

ナナカマド、ツゲ、ネニカナメモチ(あかめ)、ガクアジサイ、ハコネウツギ等の伐採刈り込みを行う。

中国出張で刈り込みが出来ていなかったのである。

裏の垣根は、今年の刈り込み無しとなった。

庭仕事を終えてから、妻の車のタイヤ交換へ。

自分にとってはこれが一大事、腰痛の我慢会時間となる。

物置の中も冬モードに切替、自転車も冬眠かな。

庭の雪も消えたが、これからの季節は風が強くなる。

西から黒雲が来訪するしぐれ模様が多くなり、みぞれが迫ってくるのだ。

気分はどうしても暗となりやすい。

冬に青空の関東とは全く違う世界に入っていく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

過去のことでなく、今が自分の旬

過去のことでなく、今が自分の旬

日常生活にどのような時間割を組み込むか?

その人の考え方で決まる。

地域性もあり、周囲条件で決められてしまうことが多い人もいる。

とはいうものの、自分時間をどのように使うか?

受動的な時間割の人が多いかも。

楽しみを見つけた人に取っては、時間が少ないということに。

ワクワク感があると、寝る時間も惜しくなる。

今の自分が何をしているか?

それが唯一の自分表現であり、旬といえる。

過去に行っていたことでなく、今の自分が美しいのだ。

一番嫌いなのは、過去の自慢話ばかりする人。

継続しているわけでなく、過去の栄光を語るだけ。

情熱を持って取り組んでいる姿に惹かれるのは、皆同じ。

若さを感じるものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブータン国王と王妃に感じる親しみ

ブータン国王と王妃に感じる親しみ

昨日、ワンチュク国王とペマ王妃は帰国した。

この滞在の間に垣間見た行動は、とても親しみが持てた。

親近感は民族性にあるのかな。

ブータンと日本、何かつながりがあるようなニュースも聞いた。

自分なりに調べてみよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

SLが走った…ということではない

SLが走った…ということではない。

北上=一関間を走ることが発表されてから、楽しみにしていた。

昨日は行事があったので見逃したのであるが、本日期待して出かけた。

Pb204914 Pb204915 Pb204916 Pb204917 ところが現れたのはディーゼルで牽引されたSL。

がっかりしてしまった。

そんな姿を誰も期待していない。

何を考えて企画したのかな?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

モーニングサンデー・張本さんに喝!

モーニングサンデー・張本さんに喝!

女子駅伝は中継を見ていたので、レースの緊迫感が伝わっていたようで、アッパレが出た。

女子バレーボールの活躍については、アッパレ無し。

達川さんの練習光景報告があったが、彼女たちの動きを見れば練習量は想像がつく。

ドイツ戦、アメリカ戦は緊迫感の中で勝利したのだ。

感動があったのだ。

張本さんからアッパレが出ないのは、見ていないからかも。

アッパレ無しの張本さんに【喝!】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«ユーロ圏の国々事情は様々